中高6年間の学校生活で、修学旅行が最大7回!行先は生徒が選び、持ち物は寝袋と米と味噌⁉ そんなユニークな教育プログラム「スタディツアー」を実施しているのは、新渡戸文化学園の中学校・高等学校。2024年グッドデザイン賞金賞を受賞したこの画期的な旅の取り組みで、実際に生徒はどんな体験をし、なにを感じているのか。るるぶKids編集部が独自に取材しました。

再訪が生む絆――ただの修学旅行じゃない「スタディツアー」

中学校や高校など、学校主催でおもむく「旅」のカリキュラムと聞いて、きっと多くの人が思い浮かべる「修学旅行」。パッケージ化された修学旅行を想起していると、新渡戸文化学園で実施される「旅」のかたちに驚かされます。
「前は北海道や大阪、奄美大島に行って、今度は三重県の二木島に行く予定なんです。二木島は3回目で」
新渡戸文化中学校・高等学校で行われているのは、生徒が複数回、さまざまな地域へ旅することができるスタディツアーという仕組みです。
スタディツアーの特長

新渡戸文化中学校・高等学校で行われている「スタディツアー」の特長は、
- 中学~高校で最大7回の機会がある(中学生は3回、高校生はコースによって2~4回)
- 生徒が行き先を選ぶ(中学生は4か所、高校生が選べる地域は所属コースによって最大20ヶ所以上から選択)
- 同じ地域に何度再訪してもOK
というもの。
旅先はどこも観光地ではなく、通常の旅行ではなかなか赴く機会のない場所。また、宿泊先は基本的にホテルではありません。生徒たちは寝袋とお米・味噌を必ず持参するというから驚きです!まさに暮らすように、その地域で数日を過ごします。
コース別で行ける場所も多彩
旅先で取り組むテーマは、地域の人たちと旅前から相談を重ね、主に自分たちで決めていきます。
- 北海道浦幌町(漁業・農業・食の安全)
- 東京都檜原村(林業・耕作放置地)
- 三重県鳥羽市(海女文化・漁業・祭り・寝屋子)
- 北海道中標津(酪農、カーボンニュートラル、スマート酪農)
- 北海道広尾町(農泊・食と絆・ジビエ)
- 新潟県関川村(稲作・雑穀循環)
- 奈良県奈良市(日本文化芸術・現代アート)
- 広島県尾道市(地産地消・商品開発)
<探究進学コースの行き先と実施テーマ例>
<美術コース・フードデザインコースの行き先例>
生徒に聞いた スタディツアー先の魅力を教えて!

今回インタビューに答えてくれた、探究進学コース2年の黒田さん、山口さん、西村さん
突然ですが、心に残る旅とはどのようなものでしょうか。
訪れた土地の美しい景色を見たり、有名な文化財を見て回ったり、名物と呼ばれる食べ物を口にする定番の旅も、もちろん楽しみのひとつ!
ただ、訪れた地域を隅々まで歩き回ってみたり電車やバスを待つ間ぼうっとしたり、地元の人からいろいろな話を聞いてみたり、その人がおすすめするごはん屋さんに行ったり。その土地の「ヒト・モノ・コトの魅力」に深くふれた旅の方が、長く心に残っている。そんな経験はありませんか?
今回3人の生徒から伺ったスタディツアーでの暮らしは、まさに「ヒト・モノ・コトの魅力」に深く入り込んだ旅。そしてそれが、生徒の未来を確かに動かす原動力となっているようです。
忘れられない出会いの数々
◆過疎の町で見つけた“繋げる”という価値

「最初はあまりやりたいことがなくて、どこに行こうか迷っていました」
と、まず語ってくれたのは山口さん。夏休み中、先生に勧められて訪れたのは、三重県熊野市の二木島町です。漁業のまちとして知られており、スタディツアーでは海の環境に関するプログラムなどの用意もありました。
一方、山口さんは、二木島が直面しているという「過疎化」に疑問を覚えたのだといいます。
「東京にいると、限界集落が増えているから観光客や移住者を増やそうというニュースをよく聞くけど、それって本当なのか?って」
実際に地域の人たちの話を聞いていくうちに、観光客や移住者を増やすことを望んでいるわけではない。そう気が付きました。
無理に新しいことをするのではなく、この土地に昔から根付いている文化や歴史を繋げて、未来に残してほしい。そんな思いを受け取り、新たなスタディツアーのテーマとして「二木島プロジェクト」を立ち上げました。現在は東京で写真展を開催することを目標に、地域の人たちへのインタビューや資料集めなどを行っています。
山口さんはこの初めてのスタディツアーが心に残って以降、数々のスタディツアーに参加。二木島には次回が3回目の訪問になるそうです。
◆歴史も知って魅力を伝える

西村さんがスタディツアー先として何度も足を運んでいるのは宮崎県都農(つの)町。先にスタディツアーに行っていた先輩が、プリンの専門店「南国プリン」に関するプロジェクトに参加しており、西村さん自身もこのプリンの味に感激。プロジェクトに加わりました。
「ただ、普通にプリンを販売するだけだと、自分たちの目標だった『都農町を広める』ということができない。自分自身が都農町をもっと好きになって、みんなに魅力を伝えられるようにしたいと、インターンシップとして再訪しました」
南国プリンの原材料として欠かせない牛乳。この生産牧場は、かつて口蹄疫(家畜伝染病のひとつ)で存続の危機に瀕していました。西村さんは、宮崎県で口蹄疫を発見した人々や都農町の観光協会などから話を聞き、現地の生の声に衝撃を受けたそうです。
なんとかこの状況を伝えたい。地元の人と相談を重ねました。
その後、都農町の人々が口蹄疫と懸命に戦う紙芝居を、新渡戸文化学園の文化祭で発表。南国プリンの新しいパッケージデザインも考案しました。都農町の人との関わりで胸打たれた明言や彼らの顔を、プリンの瓶にランダムに入れるというユニークなアイデアは大好評だったそう。
そうしてさまざまな視点から都農町のことを知ってもらおうと、今も積極的な活動を続けています。
◆現地の高校生と商品開発

中学から新渡戸文化学園に在学している黒田さんは、新しくツアー先として造成された広島県の大崎上島を訪れました。
「前例がないので、自由度の高いツアーだったんです。地域の人がつくってくれたプログラムを体験しながら、自分たちでできることを考えていきました」
そこで活動するうちに、現地の高校生たちが商品開発や制作・販売をおこなう「ミカタカフェ」の存在を知ったといいます。
ミカタカフェは、「1杯のコーヒーでオトナが子どもたちを応援できるように、誰もが誰かのミカタになれるように」という願いのもとつくられた場所。黒田さんは、現地の高校生たちとカフェの商品開発をおこなうとともに、この信念を東京でも繋げるのだと決意。今も月に一度、大崎上島の人たちと定期的なミーティングを重ねながら、東京でイベントを企画するなど濃い関わりを続けています。
「今やっているプロジェクトの最終目標は、学校とは関係ない一般の人にも、自分たちが大崎上島で感じたことを感じてもらうこと。そう思って活動しています」
「また行きたい!」があふれるコミュニケーション

二木島で実施した「思い出の写真展」
3人の話を聞いて出てきた共通点が、「地域の人との深い繋がり」です。
将来的な展望を積極的に相談したり、スタディツアーから帰ってきたあとも定期的に連絡を取り合ったりといった綿密なコミュニケーションが成立しているだけでなく、3人とも一度行った地域へ再訪しています。
「実際、スタディツアーは2度目以降も同じ地域を選ぶ生徒の方が多いんです」
と、教えてくれたのは、副校長の山藤先生。
「何が再訪を誘発しているのか調べたことがあります。東京ではできない体験が楽しいから、と私たちは仮定していましたが、違いました。実は体験よりも、人との出会いが生徒たちの『もう一回行きたい』を誘発しているとわかったんです」

スタディツアー中は、積極的に地域と関わっていく
インタビューした3人も、揃って口にしたのは「地域の人がみんな優しい」という実感のこもった言葉です。
なかでも「自分の視野が広がった」と、話してくれたのは黒田さん。
遠方のスーパーへの買い物後、食材の買い忘れに気づいたときのこと。外で悩んでいると、宿泊場所の隣に住んでいる人が声をかけてくれました。その人は家にあった大きなかぼちゃと白菜をまるごと分けてくれただけでなく、「1個ずつは多すぎたかも」と心配して再び様子を見に来てくれたのだそう。
「東京だとウロウロしていても声をかけてくれる人も、そこまで助けてくれる人もほぼいません。同じ日本でも、ちょっと場所が違うだけで人との関わり合いがこんなに変わる。現地に行かないと、絶対に感じることのできないことでした」
スタディツアーとは直接的な関係のない、普通に暮らしている地域の人たちが、スタディツアーで訪れた生徒たちと交流する場面は決して珍しくないそうです。こうした偶発的な出会いや、活動するうえで関わった人たちとのコミュニケーションによって、生徒たちの「また行きたい」が生まれる。そして、好きになるからこそ各生徒がその地域のことを自分ごとのように真剣に考えるきっかけにもなる。
地域の人との深い繋がりは、生徒たちの行動力の源泉となる大切な要素なのです。
何もかも違う、が本当に面白い
今回インタビューした3人とも、それぞれの地域にはスタディツアーを機に初めて訪れたそうですが、現地滞在によって印象が大きく変わったといいます。
西村さんは最初に都農町へ行ったとき、町にあるパン屋さんから「どうやったら若い人や親子が訪れるかアイデアを出してほしい」と頼まれました。当時東京で流行していたリボンパンを提案したところ、最終日に実際に試作品を渡してくれたのだそう。その優しさに心打たれました。
「それに都農町の皆さんは、とても明るいんです。やりたいことや好きなことを話すと、『いいじゃん、やっちゃいなよ』と、みんなまず肯定してくれて。そんなポジティブさが嬉しくて、何度も行っている、というのもあります」

朝の定置網漁。空が白む前に出港します
山口さんは「最初は(漁村だから)3時起きかあ、と思っていました」とはにかみながら話してくれました。
「WiFiとかもないし……と思っていて。でも行ってみると東京と何もかもが違いすぎて、面白くて仕方がなかったです。過疎化といわれているけれど二木島の人たちと深く関わったら、地域への熱意は変わっていない。自分の価値観や、いろんなことが百八十度変わったと感じました」
キラキラとした目で、スタディツアーの楽しさや地域の良さを語ってくれた3人。もし卒業しても、スタディツアーで訪れた場所と関わっていきたいか。そう聞くと、3人とも即答で「はい」と答えていました。
地域も変わる!子どもたちの感性が起こす化学反応
スタディツアーによって成長するのは生徒たちだけではありません。受け入れ先の地域も変化を続けています。
若い人を受け入れる力があるという気づき

「地元の高校生が行きたくなる駅」をテーマにした意見交換
宮崎県の都農町のスタディツアーは、もともと地元の自治体や事業者10人にひとりずつ付いて学ぶというプログラムが用意されていました。生徒が南国プリンの魅力に注目し、プリンの仕事現場を見に行く。そこまでは地域にとっても想定内でしたが、更に都農町を深く知りたいと、生徒からインターンシップの要請が来たのは想定外だったそう。
これまでインターンシップの受け入れをおこなったことのなかった都農町は、その後希望に応えて受け皿を用意。若者の都市流出が日本の社会問題となるなか、こうして都農町に興味を持ってもらえる可能性があることや、実際に受け入れる方法もあるのだという知見を得たのだそうです。
都農町は、今では他の高校生のインターンシップも受け入れています。
地域のお祭りで旋風を巻き起こす

大盛況だった二木島の「ほうばい祭り」
スタディツアーの活動は、時に地域の人たちだけでなく、県という広範囲の自治体や学生なども巻き込んでいます。
以前二木島にスタディツアーで訪れたときのこと。地域の人たちからの頼みを受け、年に一度おこなわれているお祭り会場で写真展を開催しました。生徒たちは再訪した際、写真展の継続だけでなく、お祭りの手伝いをしたいともちかけたそうです。
当日は就職などで故郷を離れた人たちも集まり大盛況。東京の高校生が、地域の方と一緒にお祭りを盛り上げる。情熱の火を燃やす力になれたのです。
「お祭りが終わったあと、地元のみなさんだけの交流会に生徒も教員も呼んでもらえて、地域の一員みたいになっていました」
この生徒たちの呼びかけと取り組みに刺激を受けたのは、二木島の人たちだけではありません。「自分たちの地元なのだからやろう!」と動き始めたのは、三重県の先生たちでした。現在はスタディツアーのタイミングで三重県の高校生たちも集まり、一緒に活動するようになったのだとか。
スタディツアーの出会いが生涯のテーマに

広島県呉市で地域の伝統料理を学ぶ
生徒と地域が、互いに良い影響を与えながら関わり合うスタディツアー。その地に深く入り込み、一緒に地域をつくる楽しさに生徒たちが次々と目覚めています。ただ、ずっとその地域に関わりたいと思えるほどの深い学びや発見があるからこそ、高校卒業後も活動を続けたいのにシームレスに続けるのが難しいという問題が出てきました。
「大学のゼミに入れば、同様の取り組みができることも多いのですが、今の大学制度だと、どうしてもゼミが始まるまでの2年ほどは不活性化してしまいます」
そこで、ゼミが始まるまでのあいだ、卒業した大学生も再びスタディツアーに参加できる仕組みづくりが進んでいます。高校生と大学生は同じテーマで活動する必要はなく、別のテーマをおこなうことももちろん可能。高校生にとっては、卒業した先輩から改めて学べる場でもあります。
受け入れの幅を広げてくれる地域の協力も不可欠ですが、今年の秋には早くも実施予定だそう。このシステムは仮に「コンソーシアム(さまざまな組合せの個人や団体が、共に何らかの目的に沿った活動をおこなう共同体のこと)」と名付けられています。
ゆくゆくは全国に広げたい

副教頭の山藤先生と広報部長の奥津先生
修学旅行のあり方を変えると、学校と地域が深く繋がることができ、新しい風が生まれていく。将来的に全国の学校がスタディツアーの仕組みを使うことで、いろいろな地域の未来を考えるきっかけにしてほしいという展望もあるそうです。
「中高生たちには、地域にいるステキな人や、その地域の歴史や文化にたくさん出会ってほしい。そうすれば、その地域のことを考える若者が増えていき、その地域の未来を考える時間が延長されていくと思うんです」
地域と各学校の関わりで、地域が少しずつ元気になっていく。そして若い人たちが長いあいだ考え続けることによって、そこを更に活性化させる良い案が生まれるかもしれない。
「そのモデルになれるなら、どんどんノウハウをお伝えしたいと思っています」
生徒自身の若い感性で、地域の魅力や課題を体感する。新たな問いや思いを見出し、また次の旅へとつながっていく――新渡戸文化学園のスタディツアーは、生徒たちと地域の未来を紡ぐ、無限大の物語を生み続けます。
新渡戸文化中学校・高等学校について

新渡戸文化中学校・高等学校は、東京都中野区にある男女共学の中高一貫校。1927年創立の伝統校でありながら、革新的な教育プログラムが特徴です。今回紹介した「スタディツアー」や、毎週水曜日に丸一日をかけて探究学習する「クロスカリキュラム」、地域のお寺や公民館といった学校外でおこなわれるユニークな授業など、教育界内外から注目を集めている学校です。
| 住所 | 東京都中野区本町6-38-1 |
|---|---|
| アクセス | 東京メトロ丸ノ内線「東高円寺駅」徒歩5~6分、JR中央線「中野駅」徒歩約15分 |
| 生徒数 | 473人(中学校148名、高校325名) |
| 中高一貫校 タイプ |
中高一貫(高校募集有り*100名) |
| コース | 中学ではコース選択なし。高校では探究進学コース・美術コース・フードデザインコースに分かれる |
| 学校説明会 | あり。完全予約制(公式サイト上で案内) |
| 文化祭 | 新渡戸祭(一般公開あり) |
| 土曜授業 | あり(午前中4時間授業) |
| クラブ活動 | 剣道部・卓球部・ダンス部・バスケ部・美術部・軽音楽部・チアリーディング部(基本週2〜3回) |
| URL |
宮崎県都農町スタディツアーの取材について
今回の記事で紹介した宮崎県都農町のスタディツアーが、次回2025年11月12日(水)~15日(土)に実施されます。取材を希望の方は、下記にご連絡ください。
- 所在地:〒164-8638 東京都中野区本町6-38-1
- mail:a_kouhou@nitobebunka.ac.jp
- TEL:03-3381-0196
- URL:http://nitobebunka.ac.jp
Sponsored:新渡戸文化学園

