2026年7月26日、第48回ユネスコ世界遺産委員会にて、奈良県明日香村・橿原市・桜井市にまたがる「飛鳥・藤原の宮都」の世界遺産一覧表への記載が正式に決定しました。日本国はじまりの地とも言われる「飛鳥・藤原の宮都」とはどんな場所なのでしょうか。わかりやすく紹介します。

ユネスコ世界遺産とは?
ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が、世界中の人々にとって大切な価値があると認め、未来に残していくべきだと選んだ場所や建物などのことです。世界遺産条約の締約国が何年もかけてじっくり準備し、国際的な専門家たちによる厳しい審査を経て決定されます。
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「飛鳥・藤原」はどんなところ?
今から約1400年前、現在の奈良県明日香村・橿原市・桜井市のあたりでは、天皇が暮らす宮殿や役所、寺院などがつくられ、日本の政治や文化の中心となっていました。中国や朝鮮半島との交流を通して、新しい文化や制度を取り入れながら、日本の中央集権国家のしくみが形づくられていった場所です。
「飛鳥・藤原の宮都」ってどんな場所?
「飛鳥・藤原の宮都」は、こうした古代の歴史を伝える19の構成資産からなる世界文化遺産です。宮殿や役所の跡、寺院跡、古墳などが残っていて、これらをたどることで、日本がどのように国として形づくられていったのかを知ることができます。
なぜ世界遺産に登録されたの?
「飛鳥・藤原の宮都」は、今から約1400年前、日本の国のしくみが大きく変わっていった時代の歴史を伝える遺跡として、2026年に世界文化遺産に登録されました。
世界遺産登録に選ばれたポイント
- 海外から新しい文化や制度を取り入れたこと
中国や朝鮮半島との交流を通じて、政治のしくみや文化、技術などを取り入れ、日本の中央集権国家が形づくられていったことを示しています。 - 日本の古代国家ができていく過程がわかること
宮殿や役所、寺院、古墳など19の構成資産から、飛鳥から藤原へと政治の中心が移り、国のしくみが整えられていった様子を知ることができます。
「飛鳥・藤原の宮都」の構成資産を紹介
19の構成資産のうち、橿原市にある4つの構成資産をご紹介します。
藤原宮跡

藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)は、今から約1300年前、持統・文武・元明の三代の天皇が治めた都、藤原京の中心にあった宮殿跡です。藤原宮には、大極殿や朝堂院など政治を行う場所や、天皇の住まいである内裏などがあり、現在の皇居と国会議事堂、霞が関の官庁街を合わせたような役割を持っていました。藤原京の都づくりの仕組みは、その後の平城京や平安京にも受け継がれていきました。
- 住所:奈良県橿原市醍醐町・高殿町・別所町
- アクセス:コミュニティバス 橿原市藤原京資料室前 徒歩約4分
本薬師寺跡

本薬師寺跡(もとやくしじあと)は、現在の奈良市西の京にある薬師寺の前身にあたる寺の跡です。天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を願い、680年に建立に着手。天武天皇の死後、持統天皇が遺志を継いで完成させました。かつては金堂と東西二つの塔があり、現在も金堂や東西両塔の礎石などを見ることができます。
- 住所:奈良県橿原市城殿町
- アクセス:近鉄 畝傍御陵前駅 徒歩約9分
大官大寺跡

大官大寺跡(だいかんだいじあと)は、飛鳥・藤原地域最大の古代寺院の跡です。かつては香具山の南麓に大きな伽藍(がらん)が広がっていましたが、現在は水田の中に残る碑などから、その場所を知ることができます。橿原市と明日香村にまたがる、壮大な古代寺院の面影を伝える史跡です。
- 住所:奈良県橿原市南浦町・明日香村小山
- アクセス:奈良交通バス停「明日香小山」で下車
菖蒲池古墳

菖蒲池古墳(しょうぶいけこふん)は、7世紀中頃に築造された方墳です。2009年度から始まった発掘調査で、一辺約30メートル、2段築成の方墳であることがわかりました。横穴式石室の中には、屋根飾りがあり、内側に漆が塗られた豪華な家形石棺が2基置かれています。
- 住所:奈良県橿原市菖蒲町
- アクセス:近鉄岡寺駅 徒歩約9分
2026年7月に、日本で22件目の世界文化遺産として登録が決定した「飛鳥・藤原の宮都」。19の構成資産のうち、今回は4つをご紹介しました。ほかにも15の構成資産があり、古代の歴史を感じられる場所がたくさんあります。親子でめぐって、約1400年前の日本を身近に感じてみてはいかがでしょうか。
【飛鳥・藤原の宮都】
| 住所 | 奈良県橿原市・桜井市・明日香村各所 Googleマップ |
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