移住インタビュー|大規模畑作の新規就農で、理想達成度1000パーセントの暮らしをいとなむ(北海道遠軽町白滝)

江面さんご家族/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

立花実咲のアイコン立花実咲

「本当のところ、移住ってどうなの?」「田舎暮らしに興味があるけど不安」と感じている人は、少なくないと思います。子どもがいると、生活はもちろん子どもたちの教育環境も気になるところ。でも直接お話をうかがう機会は、なかなかありません。

そんな方には「北海道遠軽町白滝で暮らす、江面暁人さんと陽子さんのところを訪ねてみては?」と、すすめたいです。
積極的に情報発信をおこない、さまざまな人を町外から受け入れている江面さん夫婦。田舎暮らしの大変さも楽しさも、学ぶことは、たくさんあります。

目次(index)

無理だと言われた大規模畑作への道

お二人は、東京で出会い、「農業をやりたい」と2009年に北海道へ移住。3年間の研修を経て、じゃがいもやスイートコーン、小麦やてんさい、ブロッコリーや赤ビーツを作っています。また「えづらファーム」という屋号を掲げ、民宿の営業や住み込みのボランティアの受け入れなどをおこなっています。

研修1年目、地平線まで広がる敷地で作物を育てる大規模畑作に出会ったふたり。挑戦してみたいと周囲へ相談しますが、さっそく壁にぶつかります。

陽子:北海道の大規模畑作は恵まれています。そのため後継者も多いし、大型機械を使うので、既存の農家さんが作物の種類や量を増やして事業を拡大することもできます。だから新しく農業をする人が入りこむ余地がなくて。前例がないし無理だよって言われていたんです

移住インタビュー(北海道/遠軽町)

諦めきれないお二人が、ある日読んでいた雑誌で、大規模畑作で新規就農したというご夫婦を発見。すぐに連絡を取り、彼らが暮らす遠軽町へ向かいました。

陽子:話を聞かせていただいた後も連絡を取り合っていたんですが、白滝の近隣の畑作農家さんが跡継ぎを探しているっていう話を教えていただいたんです。『そんな話があるなら、私達やりたいです!』と伝えました。この地域が絶対良くて移住したというよりは、やりたいことができる場所を探したら縁ができたのが、遠軽町白滝だったんですよね

やっと自分たちの夢を実現できる土地を見つけた江面さん。2年間の研修を経て、先代の方々が作っていた作物4種を引き継ぎ、2012年に農家としての生活が始まりました。

理想の暮らしの達成率は1000パーセント

陽子さんも暁人さんも、農家とはまったく違うキャリアを持っています。陽子さんは大手食品・化粧品メーカーの企画職、暁人さんはネットの求人広告の営業マンでした。
「東京での生活と比べて、今の暮らしは達成度で言うとどれくらいですか?」という質問に対して、お二人はニュートラルに、こう答えてくださいました。

今年(2021年)9歳になる娘さん/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

今年(2021年)9歳になる娘さん

陽子:確固たる理想があったわけではないんです。地元でずっと続いている農業を引き継いで、発展させたい。自分たちの思い通りにしたいイメージは、特になくて。自然の中で家族と働いて暮らしたいっていう思いを理想とするなら、1000パーセントぐらい達成していますね(笑)

暁人:生活自体は、180度変わりましたよ。一番は、通勤時間が減ってストレスがかからなくなったし、規則正しい生活だから、健康になりましたね。あとは余計な飲み会とか、買い物とかも減りました。周りには飲み屋もコンビニもありませんから。今では家の前が職場だから、寄り道もしなくて良いですしね

理想がたくさんあると、ワクワクして前向きな気持ちになれます。けれどこだわりすぎると「こんなはずではなかった」とショックを受けることも。高い理想をいだくより、暮らし始めた場所の環境や、地域の慣習に身を任せるのも、田舎で暮らしやすくなるコツなのかもしれません。

「拾っていいどんぐりは1個だけ」の都会と、乗馬を習える白滝

白滝に移住後、2年間の研修を終えて独立した年に、娘さんが誕生。子育てをするようになると、地域に対する見方が少し変わったと、暁人さんは言います。

暁人:地域の将来について、以前よりも考えるようになりました。遠軽町内には小学校から高校までありますが、いつまで存続できるか分からない。地域のインフラも今後どうなるのか、より自分ごととして考えるようになりました。

「えづらファーム」/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

移住した当時、住民が少ないゆえのコミュニティの濃さに戸惑うことも。「最初は慣れるのに大変でしたよ」と話す陽子さん。ただ、仕事とプライベートを切り離せず、どこへ行っても誰かと繋がっている人間関係は、娘さんが生まれたことで、今まで感じなかった安心感をもたらしてくれました。

陽子:いつ気を抜けばいいか分からなかったんですが、娘が生まれると、地域全体で子育てをしてくれているような雰囲気を感じられるようになりました。人数が少ないからこそ、悪い面も良い面もありますよね

娘さんが通う小学校の全校生徒数は、23人。複式学級で全員が学級委員を経験したり、週に2回も日直を担当したりと、さまざまな立場を経験するチャンスが全員に回ってきます。また、授業中に先生の目が届きやすくなるため、勉強で分からないところをすぐにフォローしてくれ、発言する機会もまんべんなく与えられるそう。

「えづらファーム」で農業体験をする小学生/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

町内の小学生が「えづらファーム」に農業体験に来たときのようす

一方で、クラスメイトとは兄弟のように過ごすことから競争心や向上心が育ちにくかったり、勉強や習い事の選択肢が少ないのも事実。とはいえ、コロナ禍でオンライン授業や配信コンテンツが増えたことで、学ぶ環境は変化したといいます。

陽子:今では、東京の子ども達と一緒にオンライン授業を受けることができます。勉強の機会は田舎でも都会でも平等になる気がしますね。もちろん都会でしかできないこともあるだろうけど、田舎でしかできないこともたくさんあります。娘は乗馬を習いに行ったり、犬ぞりをやったり、ごはんの前には畑に野菜を取りに行ったり、食育のようなことが当たり前にできています

民泊を営んでいると、東京や札幌、シンガポールや香港などから家族づれが泊まりにくるそう。その中には、花を摘んだことがなかったり、虫を見たことがなかったりする子どもたちも。

乗馬を習う娘さん/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

乗馬を習う娘さん。紅葉した近所の森を進む

陽子:都会から来たお客様が、娘がカゴいっぱいにどんぐりを拾うのを見て『複数の学校の生徒が同じ公園でどんぐり拾いをするから、拾っていいどんぐりは一人一個と決められている』とおっしゃっていて、驚いたことがあります。そういう話を聞くと、ここで暮らしているからこそ、できることがいっぱいあるんだなと改めて気付かされますね

江面さんたちとの出会いで触れる、たくさんの初体験。ずっと地域に住んでいると他愛ないことや当たり前のことでも、子どもたちにとっては忘れられない宝物になるに違いありません。

金銭に代えられない価値を分かち合う

「えづらファーム」ではボランティアも受け入れており、毎年200人以上の応募が、国内だけでなく海外からも集まります。けれど、初めからボランティア制度を設けていたわけではありません。
働き手が少ない白滝では、農業の人材不足は深刻な問題。江面さんも就農してすぐは菓子折りを持って近所をまわり、お手伝いを頼んだといいます。

ボランティアを受け入れ始めたのは、人手不足の解消という切実な悩みが発端でしたが、それだけではありませんでした。

陽子:農家になって2年目に、知り合いの縁で学生がフィールドワークに来てくれたとき『インターンとか受け入れているなら参加したいです』と言われて。わざわざこんなところに来るのか半信半疑でしたが、アルバイトを募集をしたら結局15人くらい来てくれました

「えづらファーム」で働く皆さん/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

その受け入れをきっかけに、「えづらファーム」での農業体験や滞在がクチコミで広がり、応募数が増えていきました。

陽子:お金が欲しいのではなく、ふだんできない体験がしたくて来てくれるんですよね。特に都会の方は農家とつながることとか、農作業ができるところとかあんまりないだろうから。その後も全国から、時には海外からも問い合わせがあって、もっとたくさんの人を受け入れられるよう、完全無料のボランティアに切り替えたのが2016年くらいです

単に人手不足を解消するためではなく、金銭に代えられない価値を、お互いに分かち合うことを大切にしていると、江面さん夫婦。そのため、ボランティアに来る人々のやってみたいことを、できるだけ叶えたいという思いを強く持っています。

陽子:応募の時に、どういうことをやりたいか聞くようにしています。農業をやりたい人より、起業や地方創生に興味がある人が多いですね

ピザ窯を作る様子/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

過去、500人以上のボランティアを受け入れてきた江面さん。印象的だった人は数えきれませんが、お一人のエピソードを教えていただきました。

陽子:ピザ窯を作ってみたいっていう子が2ヶ月ぐらい滞在して、設計から施工までしてくれたことがありました。その子は夢が叶ったし、私たちは野菜の収穫体験後に窯でピザを焼くという、ツアーのメニューを作ることができました。その子が与えてくれたお土産は、本当に大きかったです

江面ファミリーから広がる町内外のネットワーク

各地から訪れるボランティアは、江面さんたちのところだけを手伝うわけではありません。繁忙期には、近隣の農家さんのところにも収穫や作業の手伝いに行くといいます。

「えづらファーム」/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

暁人:うちからボランティアのメンバーが手伝いに行くときは、じゃがいもの収穫時期が多いんです。ハーベスターという機械でじゃがいもを収穫して、4、5人で選別するんですが、すごく手間がかかるので。
7,8年前に、高性能なハーベスターを他の農家さんと一緒に購入して、共同利用を始めたんです。同時に、可能であれば人手もシェアしようという話をしました。うちは当時から、住み込みのボランティアを受け入れていたので、毎年数日間、手伝いに行くようにしています

お二人が暮らす白滝は、もともと農家さんの数が少ない地域。民宿やガイドなど、ふつうの農家さんとはちょっと違う取り組みにも積極的な「えづらファーム」は、人口が少ない地域だと良くも悪くも目立ちそうですが、地元の方々は、あたたかく応援してくれているといいます。

「えづらファーム」の皆さん/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

暁人:若い人も少ないですし、足を引っ張り合っても地元の農業が成り行かなくなるだけだと感じているんだと思います。あとはボランティアのメンバーに手伝いに行ってもらうことで『自分さえ良ければいいとは思ってない』ということが、伝わっているのかなと思います

江面ファミリーから育まれたネットワークは、今でも全国各地や世界へ広がっています。同時にその広がりが、地域の中のコミュニティも、支えているのです。

地域のつながりに縛られなくてもいい

応援してくれる雰囲気がある一方、地域住民との関わりの中で苦しい思いもしなかったわけではありません。時には、心ない発言を受けたことも。

地域住民の方々との関わりに縛られすぎると、人間関係の逃げ場がなくなってしまいます。その面で、江面さん夫婦は、ゲストやボランティアの方々が出入りすることでバランスがとれているようにも感じます。

移住インタビュー(北海道/遠軽町)

もちろん、すべての人が民宿をやったり講師をしたりできるわけではありません。地域での暮らしや、人間関係の濃さに惑わされないコツは何か、お尋ねしてみました。

陽子:私の場合は、白滝をベースに世界中の人々とつながれている感覚があります。ネット上でも、共通の目的を持つコミュニティに入ったり、地域のコミュニティ以外にも自分の居場所があります。
昔は地域ごとに存在するコミュニティだけしか、所属がなかったように思います。今は住んでいる地域に関係なく、情報交換もできるし、会うこともできる。地域の閉塞感に飲み込まれないようにするには、自分の居場所を変に縛りすぎずに、いろんなところに開いていくとバランスが取れると思います

移住インタビュー(北海道/遠軽町)

地域の人々のみならず、さまざまな人々と触れ合う環境は、多感な娘さんにとっても刺激的なのかもしれません。

陽子:娘を見ていると、本当に羨ましいなって思いますよ。地域の人たちにかわいがってもらったり、ボランティアで来てくれたいろんな年代や国の人と一緒に食事を囲んだり。私が子どものときは、ほとんど同級生としか関わらなかったので。でも社会に出たら、いろんな価値観や年代の人と接するから、今の環境で多様性にもまれるのは、いいことだと思います

「えづらファーム」の皆さん/移住インタビュー(北海道/遠軽町)

地に足をつけた暮らしを積み重ねつつ、「毎年なにか一つ新しいことに挑戦しようと決めているんですが、今年はレトルト食品に挑戦したいです」と話す江面さん夫婦。自分たちの可能性を縛らない、風通しのよい農家さんそのものです。
一見キラキラしているようにも見える「田舎暮らし」。その、酸いも甘いも知るお二人のところで、まずは数日過ごしてみると、頭だけで考えていた「田舎暮らし」像がほぐれ、五感でイメージできるようになるかもしれません。