「移住」というキーワードから思い描くのは、どんなイメージでしょうか。
都会の喧騒から遠く離れ、森に囲まれた農村地帯へ引っ越す、思い切った環境の変化、でしょうか。
もしくは、友人・知人の住んでいるエリアへ移動する、引っ越しの延長のようなもの、でしょうか。
長野県上田市に住んでいる古瀬さん夫婦への取材は、おふたりが住み始めて1ヶ月というタイミングで実施。
「移住っていうと、ちょっと大げさな感じがします」と、やわらかく笑うおふたりから、上田市暮らしが間もないからこそ気づいたことや、感じたことを教えていただきました。
熱烈な歓迎オーラを受け取って
おふたりが長野県上田市に移住する前に住んでいたのは、神奈川県鎌倉市。引っ越しを検討し始めたきっかけは、昨年(2020年)10月に生まれた娘さんの成長でした。
絵里:住んでいた家が、手狭になってきたんです。1LDKだったので夫の仕事場も、子どもの遊び場も、ごはんを食べるのも、ぜんぶリビング。結構ぎゅうぎゅうな感じだったから、娘が歩き始めるまでに引っ越ししたいなって
正也:この子の成長スピードも速くて、どんどん動くようになってきて、だんだん焦ってきました
絵里さんは、編集者。正也さんは、ワークショップデザイナー。おふたりともフリーランスで、仕事はコロナ禍でほとんどがリモートになったこともあり、2021年の3月には鎌倉市周辺で家探しをスタートさせました。
絵里:コロナでリモートワークが広まり、都心から鎌倉や逗子に移住してくる人がすごく増えて、家がまったく見つからなかったんです。見つかっても、家賃がすごく高くて
鎌倉以外の地域に目を向けたとき、候補に上がったのが長野県だったといいます。
正也:軽井沢にある風越学園という学校に仕事で関わっていて、このあたりで子育てしたいなとぼんやり思っていたんです
絵里:でも私たちはペーパードライバーなので、車が必須な軽井沢では生活できないだろうなと思って。いろいろ考えているうちに、徒歩圏内で暮らせそうな上田市の中心部がいいんじゃないかっていう話になりました
創業350年の酒蔵や人気のパン屋が並ぶ信州上田北国街道柳町も、徒歩圏内に
上田市は、正也さんが仕事で何度か訪れたことがあり、すでに何人かのご友人も住んでいました。そのうちの一人に、さっそく連絡をとってみたところ、思わぬ反応が。
正也:上田に住んでいる友達に引っ越しを検討していることを伝えたら、すごい喜んでくれて。いろんな情報を長文で送ってくれた後に『時間があったら電話していい?』って連絡が来て、すぐビデオ通話で話をしたんです。そしたら、熱烈なウェルカムオーラを受け取り、一気に現実味が高まりました。話をした後に『とにかく一回、上田に行ってみようか』って話をして
絵里:教えてくれた情報以上に、『(文章を打つ)親指では伝えきれない!』っていう熱量を感じたよね。歓迎してくれる雰囲気が、すごいインパクトがあったな。あの出来事をきっかけに、一歩進んだ感じでした
田舎すぎず都会すぎない、ほどよい街の居心地の良さ
ご友人と話をしたあと、上田市がグッと身近な存在になったおふたり。それからは、とんとん拍子。4月末には家族で上田市へ下見に行き、5月にはリモートで物件を内見・契約し、6月上旬に上田市へ引っ越しました。
新居では娘さんがのびのび遊べる部屋も確保できた
「引っ越して1ヶ月の上田ライフはどうですか」とお尋ねすると、上田市の雰囲気がよく分かるエピソードを教えていただきました。
正也:上田に引っ越してから、娘が夜に何度も起きる日が続いて、ちょっと大変な時期があって。その話を友達にしたら職場仲間に伝えてくれて、その方が、オススメの病院や幼稚園とかの子育て情報をまとめたPDFを作ってくださったんです
絵里:近所のお店に行ったときも、最近引っ越してきたって話したら、そこの奥さんも東京から来られた方で『なんでも聞いて』って言ってくださって。お店の奥から出てきた方が『あそこの病院いいわよ、私も子どものときかかりつけだったわよ』って教えてくれたり。お店の人や、市役所の職員さんたちが、それぞれ仕事上の立場で話すのではなくて、ちゃんと人と人として接している感じがしました
6歳以下の子どもが無料で遊べる、上田市の子育て支援センター。スタッフ手作りのおもちゃが多く、絵本を借りることもできる
正也:上田の人は、みんなやさしいよね。街中でも、気軽に声を掛けてくれる人が多いです。工事現場で作業していたおじさんたちが、娘が足をバタバタさせているのを見て『元気だね、将来有望だ』って声をかけてくれたり。朝、娘を連れてごみを出しに行ったとき、小学生の通学路に立って見守りをしている地元の方が『名前なんていうの?』って話しかけてくれたり。そのあとも、会うたび娘の名前を呼んで声をかけてくれますね。子どもがいっしょだからかもしれないけど、一瞬のやりとりであっても、関わろうとしてくれる方が多いです
絵里:東京や鎌倉にいたとき、例えばベビーカーでお店とかに行くと、泣かないかな、とか、緊張していました。子どもは、ちょっと迷惑な存在なのかもしれないって。勝手にそう感じていただけかもしれないですけどね。でも上田は、どこへ行ってもウェルカムな感じ。子どももいて普通っていう雰囲気があるのは、気持ち的に楽ですね
実際、上田市は、家族で参加できるイベントや予防接種などの情報を集めた「うえだ家族」というウェブサイトやアプリを運営していたり、幼稚園や保育園が開園日を設けて、その園に通っていない子どもも遊べるようにしたりと、子育て支援も充実しています。
江戸時代の蔵をリノベーションしたという、おくりもの専門店「石森良三商店」の2階にあるカフェ
さらに、古瀬さんたちが住んでいるところからは、市役所やスーパー、病院、公園、本屋や、大きな映画館とミニシアターにも、徒歩や自転車で行くことができます。ペーパードライバーだというおふたりにとっても、暮らしやすい環境です。
正也:買い物とかは、娘を後ろに背負って自転車に乗って行くことが多いです。でも、車社会だから、あんまりそういう人は見かけないんですよね。街の人は『あの人、何者なんだろう』と不思議に思っているかもしれませんが、せっかくこれだけコンパクトな街だから、徒歩や自転車移動が、もっと当たり前になったらいいなと思います
子どもを背負ってサイクリングしたときのようす
一度に変えようとせず少しずつ探していけばいい
東京出身の絵里さんと、埼玉出身の正也さん。都心育ちの絵里さんは、数年前に正也さんと鎌倉に移り住んだ時点で、大きな衝撃を受けたといいます。
絵里:東京と近いのに全然ちがうから、いい意味でカルチャーショックでした。大きいカエルがいたり、知らないおじいさんに『行ってらっしゃい』って声をかけられたり、ホタルが飛んでいたり
さらに、鎌倉を経由したからこそ上田暮らしを楽しめている部分もある、と続けました。
絵里:いきなり東京から地方に移住する人も多いと思うけど、それだと慣れるのに時間がかかるかもしれません。ちょっとずつ都心から離れた地域を経由すると、少しずつ慣れていけるのかなと思うから、おすすめです
千曲川沿いをサイクリングした後、ピクニックへ
いっぽう、埼玉で育った正也さんは、またちがう感覚で上田をとらえているようです。
正也:僕の地元はもともと、ベッドタウンみたいなところでした。それに、あちこち旅をしていた経験もあるからか、上田に対してそこまで田舎だとは感じていないです
同じ街に住みつつ、それぞれの生まれ育った背景ゆえに、街にいだく感覚もそれぞれ。
上田暮らしで大変なことも聞いてみると、おふたりは顔を見合わせ、正也さんがごみ袋を取り出して、見せてくださいました。
正也:ここ、自治会名と名前を書くんです。僕、これが結構衝撃でしたね
絵里:指定のごみ袋も有料だし……東京に住んでた頃は、なんでも燃えるごみとして無料で捨てられたから、大変だなって思いました
正也:しかも、一回のごみ出しで袋2個までって決まっていて。引っ越しした時は4個まで出せるんですが、袋に『引っ越し』って書かなきゃいけない
絵里:資源ごみも、回収日が月に1回しかなくて、それ以外はスーパーとかにあるリサイクルボックスに出さなきゃいけないんです。私たちは車がないので、引っ越しで使った大量の段ボールは友達に頼んで車で運んでもらったんですけど、最初は戸惑いました。車があったら解決する問題なのかもしれないんですけどね。そしたらもう少し、ごみ出しが楽になったり、早く慣れるのかなって思います
最近、自動車学校のペーパードライバー講習に通い始めたという絵里さん。まだ上田に住み始めて1ヶ月ではありますが、これからどんな暮らしを築いていきたいかを聞いてみました。
絵里:もっと街の人と知り合えたらいいなと思います。あとは車が手に入ったら、いろんなところへ行ってみたいな
正也:近くに太郎山っていう山があるので、娘も連れて登りたいですね
奥に見えるのが太郎山。上田市の方々にとっても大事な山だそう
まだ移住して1ヶ月のおふたりでしたが、取材中、何度も「上田の人は、やさしい」と繰り返しおっしゃっていたのが印象的でした。
本当に市内の方がやさしいのは真実なのでしょうが、助けたくなるのはおふたりのお人柄や雰囲気の影響もあるのかもしれません。
これから季節をめぐり、それぞれの楽しみ方や発見があるはず。きっとおふたりなら、等身大の楽しみ方を見つけて、上田市暮らしを満喫されることでしょう。