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移住インタビュー|世代を超えた「お互いさま」 家を守り、縁をつなぐ孫ターン(岐阜県下呂市)

移住生活:田口さんご一家(岐阜県/下呂市)

増田早紀のアイコン増田早紀

生まれ育った地元へ帰るUターン、馴染みのない新しい土地へ移り住むIターンなど、さまざまな移住のかたちがあるなかで、祖父母の住む地域への移住は「孫ターン」と呼ばれています。今回紹介する田口章さん・愛さんご夫妻は、章さんの祖父母の家を継ぐために岐阜県下呂市に移り住んだ、孫ターン経験者です。

移住に興味はあっても、孫ターンについてはあまり知らない、という人も多いのではないでしょうか。孫ターンは、「縁のある土地での暮らし」と「新鮮な気持ちで新生活をスタートすること」を両立できる移住、ともいえるかもしれません。お二人の話から、新たな選択肢として魅力を知ってもらえたらうれしいです。

目次(index)

「家を継ぐ」ための移住

田口さんご夫妻にお話を聞いたのは、お仕事が休みの日曜日。2才と0才のお子さん二人も一緒に、にぎやかな雰囲気のなかビデオ通話がはじまりました。

大学進学を機に愛知県から上京し、植木職人として働いてきた章さんと、東京都出身で貿易事務の仕事をしていた愛さんは、東京で出会い、結婚。2018年の秋に、章さんの祖父母の家を継ぐために、家族で岐阜県下呂市に移住しました。代々の家とお墓を守ること、地域のお祭りでの役割を担い続けていくことが目的だったそうです。

章:20代前半の頃、おじいちゃんに継いでくれないかと言われて。母親が一人娘なので、僕が継がないと家が途絶えてしまう状況でした。聞いたときは、率直におもしろそうだなと思いましたね。もともと地元や東京にこだわっていたわけでもなかったし、幸い植木職人として手に職もあるので。田舎で土地があれば自由に庭もつくれて楽しそうだなとも思いました。

移住生活(岐阜県/下呂市)

愛:結婚前に夫から移住の話を聞いたとき、これからも東京にいるべきか、ちょうど考えていたタイミングだったんです。アメリカの大学に進学した以外は東京を出たことがないので、「場所にこだわることで自分の可能性が狭まったらもったいない」と思いはじめていて。だから話を聞いて、行ってもいいかなって自然と思えました。アメリカよりよっぽど近いですし(笑)

お二人とも、悩んで覚悟を決めて来たというよりは、おもしろそう、という前向きな気持ちのほうが大きかった様子。移住してからも、地方ならではのさまざまな出来事を自然体で受け入れ、暮らしを楽しんでいきます。

移住生活(岐阜県/下呂市)

伝統のお祭りを担う

移住した大きな理由のひとつが、下呂市で長年続く「田の神(たのかみ)まつり」で、章さんの家が代々中心的な役割を担ってきたこと。

豊作を祝うこのお祭りは、中世から続いているともいわれ、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。田口家を含む地域の三家が、代々神事を執り行い、歴史あるお祭りを守ってきました。

「田の神(たのかみ)まつり」の様子/移住生活(岐阜県/下呂市)

章:移住してきて、ほかの二家に継ぐことを伝えたときに、涙ぐみながら喜んでくれた方もいたんです。それくらい大事なお祭りなんだと実感しましたね。この家にいる以上、この先50年くらいはがんばらないといけません(笑)。将来、子どもにも継いでほしいと強要するつもりはないですけど、僕自身がお祭りを楽しむことで、楽しそうだなと思ってもらえたらいいですね。

お祭りは、地域の人たちにも深く根付いています。最終日のフィナーレには「取った人には幸運が訪れる」といわれる、花笠を投げる行事などがあり、たくさんの人が神社に集まるそう。学校は半日になり、子どもたちも連れ立って遊びにくるのだとか。

移住生活:田口さんご一家(岐阜県/下呂市)

移住先の地域で、伝統的なお祭りの担い手になるのは、なかなか特殊な経験だと思います。責任は大きいものの、章さんは重荷に感じている様子はなく、むしろ地域に馴染む良いきっかけになったと話してくれました。

自然も人も近い暮らし

お祭りのような非日常のイベントに加え、下呂での日常生活も東京と違う部分は多いそう。

田口さんご家族が住んでいるのは、有名観光地である下呂温泉近くの住宅街。スーパーやコンビニも徒歩圏内で、市内では比較的便利な地域ですが、自然も身近にあふれています。

家の近くの川辺で遊んだり、知り合いの田んぼやブルーベリー畑で収穫を体験させてもらったり、お子さんも自然のなかでのびのびと過ごすことができているようでした。

移住生活(岐阜県/下呂市)

愛:わたし自身、穏やかに子育てできているように思います。人との距離が近くて、子どもを連れて出かけた先でも「抱っこしてましょうか」って声をかけてくれる人が普通にいる。東京よりも、地域で育てている感じが強いですね。実家が遠い面では大変だけど、自治体のファミリーサポートも活用できるし、隣近所にもすごくお世話になっていて。『お互いさまだから』ってみんな自然と面倒をみてくれます。

一方、引っ越してきて驚いた部分を尋ねると、こちらも「人との距離が近いこと」なのだとか。

家の敷地がはっきりと塀で区切られているわけではないので、自宅の裏庭に近所の人がいたり夕飯のおすそ分けを持ってきた子どもが勝手口から渡してくれたりといった出来事も多いそう。

移住生活(岐阜県/下呂市)

愛:たとえ玄関から呼んで出てこなくても、車があるから家にいるのかな?って中を覗くのは、田舎の人にとっては自然なこと。もちろん相手に悪気はないし、見守ってくれている安心感もあるんですけど、最初の頃は慣れずにびっくりしていましたね。

章:僕は幼いころから何度も訪れている場所だし、家を継ぐと決まってからずっとイメージはしていたので、住んでからのギャップはなかったですね。ただ、近所づきあいに関しては新鮮な部分も多くて。若い人は進学や就職で市外に出ていくことのほうが多いから、「よく来てくれたね」って言ってくれる人が多いんです。

移住生活(岐阜県/下呂市)

場所にとらわれない仕事

地方へ移住するとなると、気になるのは仕事のこと。植木職人である章さんは、下呂市内の造園会社で、移住前と同じ仕事をしています。東京よりも単価は下がってしまったものの、家と仕事場が近いので帰宅が早くなり、家族の時間が増えたそうです。

一方愛さんは、経験を活かせる貿易関連の仕事を探していたものの、希望の就職先を見つけることができませんでした。現在はフリーランスとして、在宅でライターや貿易事務など複数の仕事をしています。

愛:今の働き方は、東京みたいに就職できる環境があったら、絶対に選ばなかったものだと思います。会社員のほうが安定はしているけど、実家も遠いなかで子育てしている今の状況だと、フリーのほうが柔軟で働きやすい。しばらくは今の働き方で、納得のいくかたちを模索していきたいと思っています。

移住生活(岐阜県/下呂市)

加えて、長年の趣味であり、東京では副業でもあった着物の着付けにも取り組む機会が生まれました。美容室で着付けの経験があると話をしたところ、入学式の日に手伝ってほしいと頼まれたそうです。

愛:流れに身を任せていたら、久しぶりに好きな着物の仕事ができることになって。田舎って、人づてに聞いたり紹介されたりして仕事が決まることも多いんですよね。これをきっかけに、またご縁が広がっていったらいいなと思います。

手に職を持つ章さんに対して、新しい働き方に挑戦している愛さん。かたちは違いますが、どちらも場所にとらわれずに自分らしく働く方法だと思います。

移住するときに、仕事がネックとなって踏み出せない人も多いかもしれませんが、愛さんのような働き方を知ることで、一歩踏み出しやすくなるように感じました。

「お互いさま」に助けられて

地域のつながりのなかに暮らしがあると、随所から感じられる二人のお話。特に地域の人たちの温かさを感じたエピソードを教えてくれました。

昨年、第二子を妊娠中に切迫早産で入院することになってしまった愛さん。2週間の入院中、朝が早い章さんに代わって、近所の人たちが息子さんを毎日保育園に送り届けてくれたそう。帰宅後や休みの日には、寂しくないよう家に招いてくれ、息子さんも不安にならずに過ごせたといいます。手伝いに来ていた愛さんのお母さんにも町を案内するなど、全面的に家族をサポートしてくれました。

愛:退院してお礼を言いに行ったとき、ある方が『自分たちは今までしてもらったことのお返しをしているだけ』『田口さんのおじいちゃんおばあちゃんの代からお世話になってきたから、気にしなくていいんだよ』って言ってくれました。本当にありがたくて。祖父母からの年代を超えたつながりを感じることが、普段からすごく多いんです。

シーズンごとにたくさんの野菜を持ってきてくれるおじさんや、章さんが庭の手入れに行った先でお土産を持たせてくれるお客さん。みんな、「おじいさんおばあさんに良くしてもらったから」と話すのだそう。

移住生活(岐阜県/下呂市)

章:そういうとき、僕らは祖父のあだ名を取って『金ちゃんフィーバー』って呼ぶんですよ(笑)。地域の人たちにたくさん良くしてもらっている分、僕たちも返したいし、何かあったときはいつでも力になりたいと思っています。

愛:縁のある土地に住んでいるおかげで、暮らしが成り立っているんだって実感します。だから、もし移住を考えている人がいるなら、誰も知り合いのいないところに行く面白さもあるかもしれないけど、ゆかりのある場所に行くのもすごくいい選択だってことは伝えたいですね。

上の代の恩が返ってくる、それに対して自分たちもまた返したいと思う。そんな「お互いさま」の想いが循環していくことで、地域の人たちとのつながりが深まっていくように感じました。

縁を大切に暮らしていきたい人たちにとって、孫ターンはひとつの理想に近い移住のかたちかもしれません。

(2021/2/7取材)