移住インタビュー|仕事と暮らしを分断せず、みんなでできることを持ち寄り暮らす(島根県大田市大森町)

移住インタビュー|仕事と暮らしを分断せず、みんなでできることを持ち寄り暮らす(島根県大田市大森町)

立花実咲のアイコン立花実咲

住み慣れた都会から離れて、縁もゆかりもない地域へ飛び込むのは、勇気がいります。親戚も友人もいない所に移住するとなると、気になることは山積み。仕事は、その一つと言えるでしょう。

地域が先か、仕事が先か。移住先を選ぶきっかけは、人それぞれです。島根県大田市大森町にある、株式会社石見銀山生活文化研究所に勤める鈴木さん夫婦にとって、仕事と地域は別々のものではなく、密接に関わり合っています。大森町に根を下ろしたお二人に、なぜ大森町を選び、どのような暮らしをしているのか、うかがいました。

目次(index)

地縁のない町に根を下ろした理由

テキスタイルを勉強していた鈴木良拓さんは、福島県南会津町出身。大学を卒業と同時に、大森町へやって来ました。

移住インタビュー(島根県大田市大森町)

良拓:新卒で、群言堂という洋服のブランドを作っている株式会社石見銀山生活文化研究所に就職しました。2014年にはGungendo Laboratoryという新しいブランドが立ち上がり、その“植物担当”として、テキスタイルデザインの企画をしていたんです

その後、デザインの仕事だけでなく、大森町の暮らしや、群言堂のものづくりを発信する仕事にも携わるように。関わる方々の思いに触れるうち畑仕事に目覚め、2019年に退職。農家として独立しました。

良拓:暮らしにまつわることはなんでもやるのが、農村の暮らしのあり方だと思うんですが、今の自分たちの生活に、どこか似ているなと思って。自分の畑で野菜を作ることはもちろん、群言堂の広報誌の執筆をしたり、デザインの仕事をもらったり。畑で人手が足りなかったら、群言堂さんから応援もらうこともあります。私の働き方は、現代版百姓と言われたことがありますが、その通りだなと思います

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百姓は、一般的に農業をなりわいとする人々を指します。けれど、もともとは百の仕事を持つ人という意味。畑仕事だけでなく、ご自身のスキルや縁を通じて、農業にとらわれずに働く姿は、まさに“百姓”そのものです。

一方、妻の鈴木文乃さんは青森県八戸市出身。東京で宝飾店に勤めたあと、しばらく実家で過ごし、2014年に島根へ移住しました。
良拓さんとは学生時代に出会い、良拓さんの入社後は、島根と青森の遠距離でお付き合いを続けていた文乃さん。実家から遠く離れた島根へ移住するまで、実はずっと悩んでいたといいます。

文乃:付き合って、もう6年くらい経っていて、私が決意しなかったら結婚できないなと思ったんです。島根は土地勘がないですし、もし引っ越せば青森には頻繁に帰れない。不安で、2年くらい悩みました

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どうやって吹っ切れたのかを聞いてみると「恥ずかしいんですが……」と前置きしつつ、当時のことを教えていただきました。

文乃:主人に『私が島根で何をして、どう生きていくのか想像がつかなくて不安だ』と話をしたら、手紙をもらったんです。その中で、来る前に決めるんじゃなくて、島根に来てから2人でどうやって生きていくか考えてもいいんじゃないかっていう言葉をもらって。そういう考え方もあるのかと思って、行こうと決めました

えいやっと飛び出した文乃さん。宝飾店での経験を活かして、群言堂の本店で働き始めました。

文乃:株式会社石見銀山生活文化研究所に入社してからは、群言堂のお洋服を販売したり、併設されているカフェで働いたり、接客がメインです

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2017年に長女の陽乃ちゃん、2年後には次女・日茉莉ちゃんが産まれ、にぎやかになった鈴木家。文乃さんは2度の産休を経て、今では接客だけでなく、群言堂のオンラインショップを手がけたり、オリジナルの商品を作ったりと大活躍されています。

自然に助け合い、ひらかれている町

群言堂では鈴木さんたちのように、同じ職場で働く夫婦は、めずらしくありません。けれど、大森町は人口約400人。車で30分くらいで大田市街へ出られるとはいえど、小さな町で、夫婦の生活も仕事も一緒だと、息苦しくはならないのでしょうか?

良拓:群言堂のスタッフは全部で60人くらいいますが、兄弟や親子、夫婦で働いているメンバーが何組かいるんです。仕事と暮らしが近い距離だからか、夫婦で同じ会社で働くということは、すごく自然に受け止めています

文乃:一つ屋根の下でずっと一緒というわけではないんです。野菜を届けてもらうとか、仕事のつながりはあるんですけど、主人は畑、私はお店にいることがほとんどなので、ほどよい距離感で働けていますね

良拓さんがデザインした商品を、文乃さんが店頭でお客様に紹介することも。お互いの仕事が活かされあっているようです。

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良拓さんの畑で採れた野菜が、カフェの料理で提供されることも

夫婦で同じ職場だからこそ、周りの理解が得られやすく、子育てで助けられる場面もあるといいます。

文乃:会社に同世代の夫婦や、子どもがいるスタッフも多いので、何かあったらサポートしてくれます。一度、次女以外の家族全員が胃腸炎で動けなくなったことがありました。そのときは、事情を知っている同僚や先輩が心配して、簡単に食べられるうどんを届けてくれたり、すぐに仕事を替わってくれたりして、とても助けられましたね

とはいえ、誰もが知り合いや同僚がいるわけではありません。会社に同世代の夫婦や知り合いがいなくても、大丈夫なのでしょうか。

良拓:石見銀山があって、たくさんの人が出入りしていた大森町だからか、地元の方も、すごく優しいんですよ。私も、よそ者として扱われたことが全然なくって。移住して1週間後くらいに、地元のおじさんに『山菜を採りに行くから一緒に行かないか』って誘ってもらったり、祭をやるから手伝ってって声をかけてもらったり。気軽に、町との関わりしろを作ってもらえると感じますね。いろんな人がいたほうが楽しいし、私自身も新しく来た人に声をかけたり、お互いできることを協力しあったり。閉じたコミュニティにならないように、と思っています

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町内の方々と食卓をかこむことも。豆もちをついて、お昼ごはんを食べたときのようす

文乃:私のように、周りに両親もいないなかで出産し、誰を頼ったらいいか、子育てに関する情報をどこから仕入れたらいいか分からなくて不安を感じる人はいると思います。でも大森には『森のどんぐりくらぶ』というコミュニティがあるんです。保健師さんを招いて勉強会を開いたり、ベビーマッサージをやったり。私も、どんぐりくらぶを通じてお母さん同士のつながりができて、情報交換できるようになりました

どんなに居心地がよくても、時には誰も知らないところへ行きたくなったり、一人でぼーっとしたりする時間が必要な人もいます。ガス抜きはどうしているのか聞いてみると、文乃さんは「仕事や育児で心が折れそうになったら、大田市内のコーヒー屋さんへ大きいパンケーキを食べに行きます。あれを食べたら、だいたい元気になりますね(笑)」とのこと。ただ、休日は家族で、大森町内で過ごすことも多いといいます。

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文乃:町内でお散歩して、パンを買って、どこかで食べたり。学校の校庭で集まって遊んだり。何組かの家族と一緒に、リンゴ狩りに行ったりもしますね

良拓:みんなで移動してお出かけすることを、大森民族大移動と呼んでいます(笑)。娘たちが産まれてから、そういう楽しみ方もできるようになりました

それぞれができることの掛け算で、風土をつむいできた大森町。知らない人だらけでも「自分もサポートしてもらったから」という助け合いの連鎖が、自然に生まれているようです。
いい意味で背伸びをしない姿が、地元の人々だけでなく、よそから来た人にも安心感を与えてくれるのかもしれません。

生死も自然に受け止め、自分の心に素直に暮らす

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こうした分けへだてない大森町の雰囲気に惹かれてか、ここ最近は鈴木さん夫婦のような、若い世代が移住している大森町。その影響もあり、廃園寸前だった「大森さくら保育園」には、今では30人以上の子どもたちが通っています。

良拓:私の畑にはニワトリやヤギがいるんですが、町並みから近い距離で飼育しているので、子どもたちが学校へ行く途中に、たまごがあるかチェックしたり『脱走してるよ』って教えてくれたりします。保育園のお散歩コースに、ヤギ小屋も入ってるみたいで、先生と一緒に手をつないでヤギを見に来ることもあります

娘さんたちは、畑仕事、動物たちのお世話にも積極的。ただ、生まれた命は、いつかはなくなってしまうもの。時には、生死を身近に感じる機会もあります。

良拓:長女は4歳ですが、彼女自身の感覚で、生と死を受け止めているみたいです。生まれつき、くちばしがちょっと曲がってエサがうまく食べられないニワトリがいて、すごくかわいがっていました。結局死んでしまったんですけど、長女は『天国にはきっと鳥のお医者さんがいるから、治してくれると思う』と言っていて。自分がおばあちゃんになって死んだ後に、今まで死んじゃったヤギやニワトリが待っているんですって。死んだあとのことまで想像するんだなって、びっくりしました

死は、残酷で怖いものとして、人の見えない場所に遠ざけられることもあります。娘さんたちにとっては動物や畑が生まれたときから身近だからこそ、自然な現象として解釈し、受け入れられるのかもしれません。

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最後に、鈴木さん夫婦に今年やってみたいことについて、おうかがいしました。

良拓:畑で育てた野菜を食べてもらえる人が、徐々に増えてきた実感があります。去年は新型コロナウイルスの影響で、町外や県外の人を受け入れられなかったので、大森町での暮らしに興味がある方が畑に遊びに来られるようにしたいと思っています。同時に、遠出に不安がある人にも大森での暮らしを味わってもらえるように、群言堂と連携して食の定期便という取り組みも始めました。手作りのゆべしや、ぬか漬け、私の畑で採れた野菜を使ったケーキなどをお届けするんです。少しでも暮らしの片鱗を感じてもらえたらうれしいですね

文乃:私は……そうですね、ディズニーランドに行きたいです(笑)。もうすぐ2歳の次女が、ディズニーのキャラクターに興味を持ち始めていて。(コロナが)落ち着いたら、行きたいなと思います

毎年、足元の暮らしを深め、探求している鈴木さん夫婦。その様子を、決してひけらかすことなく好奇心に素直に、等身大で、いとなんでいるように感じます。

おふたりのように、暮らしと仕事が、自然とごちゃ混ぜになるライフスタイルは、ワークライフバランスという二者択一の価値観とは一味ちがう、居心地の良さがありそうです。