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移住インタビュー|戸惑いも楽しみに変えて 偶然の移住を「ほしい暮らし」のきっかけに(富山県高岡市)

移住インタビュー|戸惑いも楽しみに変えて 偶然の移住を「ほしい暮らし」のきっかけに(富山県高岡市)

増田早紀のアイコン増田早紀

「移住」には、自らの意思で新しい土地に移るだけでなく、仕事や家族の都合で、やむを得ず住む土地を変える場合があります。
今回紹介する籔谷(やぶたに)祐介さん、智恵さんご夫妻も、仕事の都合で茨城から北海道、そして富山へと移り住んできました。
意図せず移住するとなると、簡単には気持ちがついていかなそうなもの。それでもお二人は、面白そうな場所に飛び込んだり、地域に住む人たちと積極的にかかわったりと、自らの手で暮らしをより楽しいものにしようとする力を強く持っています。
籔谷さんご夫妻のお話から、自分自身の暮らしをもっと楽しむヒントが見つけられるかもしれません。

目次(index)

茨城、北海道、そして富山へ

お話を伺ったのは、ある休日の朝。ビデオ通話の画面の向こうでは、大きな本棚のある部屋で、ご家族三人が並んで座っています。祐介さん、智恵さん、そして2歳の娘さんは、富山県高岡市に住んでいます。

三重県出身で、大学で建築やまちづくりを研究する祐介さんと、神奈川県出身でライターの仕事をする智恵さんは、茨城県結城市で出会いました。
祐介さんは、その後転職で北海道の札幌に移住。智恵さんは引き続き結城に残り、遠距離での交際を経て2016年に結婚しました。
1年間の別居婚の後、智恵さんも札幌へ。当時の仕事にやりがいを持っていたこともあり、後ろ髪をひかれながらの退職と移住だったそうです。

智恵:結城紬(ゆうきつむぎ)という着物を扱う会社で新卒からずっと働いていて、自分で立ち上げたプロジェクトもあったので、本当に残念で。でも、いざ札幌に行ってみたらすごく楽しかったんです。

大都市でありながら、ダイナミックな自然が近い札幌で、畑で野菜を育ててみたり、ぶどうの収穫とワインの醸造を体験したり。同年代の友人にも恵まれ、子どもを育てるイメージも膨らんでいたところ、なんと臨月で富山県への移住が決まりました。

祐介:高岡市にある、富山大学の芸術文化学部に勤務することになって。妻は富山に行ったこともなかったし、夫婦ともに知り合いのいない土地でした。でも、高岡は伝統文化や美しい町並みが残るまちということは知っていて、ここなら暮らしていけるんじゃないか、という漠然とした良いイメージは持っていたんです。

富山移住生活

伝統建築・町家で暮らす

日本海に面した県北西部の高岡市は、鋳物などの伝統工芸で知られる歴史あるまちです。急遽移住が決まり、祐介さんが見つけた住居は町家でした。町家とは、かつての商人や職人の住居で、道路に面して建つ造りが特徴的な建築物。祐介さんが友人や教え子の学生たちとリノベーションした歴史ある家屋で、2ヶ月の娘さんと家族3人での暮らしがはじまりました。

リノベーションされた町家

祐介:町家に住む経験なんて、なかなかできるものじゃないし、すごく貴重な経験でした。道を歩く人との距離が近い感じとか、中庭から入る光の美しさとか、住んだからこそわかることで。地域の人たちのまちづくりへの強い想いも感じられたし、個人的には好きな家だったんですが…。

智恵:赤ちゃんがいることで、わたしがいろいろナーバスになってしまって。近くの工場の煙とか、家がすごく寒くてお風呂に入れるのが大変なこととか。近くに友だちも親戚もいないし、夫の帰りも遅くて…いろいろ追い詰められていましたね。

初めての子育てにおける大変さを、ぎゅっと詰め込んだような当時の環境。さらに、町家のある地域は川に挟まれていて、部屋の湿度が高くカビが目立つようになってしまったそう。

リノベーションの様子/富山移住生活

祐介:妻と娘の健康には変えられないので、急いで引越しすることにしました。今はその町家のある地域とは、大学の仕事としてまちづくりに関わっています。

智恵:湿度でせり上がってきた床材を、夫が電ノコで切り始めたときは『赤ちゃんに木くずはダメー!!』って、家にいられないので一日中ベビーカーで散歩して。あのときが精神的なやばさのピークでしたね(笑)。今ならもう少し余裕を持って、町家暮らしを楽しめたのかもしれないですが。

そんななかでも、散歩をしているとご近所さんが話しかけてくれたり、野菜を持ってきてくれたりと、温かいご近所づきあいがあったからやってこられたそう。その後、子育てをしやすい集合住宅に引っ越しをしてから、智恵さんの気持ちも安定していったといいます。

したい暮らしができる家をつくる

町家から市街地にあるマンションに引っ越して2年が経ち、これからも富山に住んでいくことを見据えたお二人は新たな家を探しはじめました。
そして出会ったのが、隣の氷見市にある一軒の空き家。地域には空き家を手放したい人が多いものの、そういった物件は不動産市場には出ないため、人づてで情報を入手する必要があるそう。お二人は、氷見市の移住センターで紹介してもらった方から空き家を安く譲り受けました。

山間部にある一軒家/富山移住生活

その家は、山間部にある一軒家。家から見える美しい山並みや田んぼに囲まれた環境に加え、近くに住む人たちが魅力的だったことも、決め手になったといいます。

智恵:実際に住むのはもう少し先になりますが、今から少しずつ氷見に通いはじめているんです。家を譲ってくれた方のつながりで、同年代の移住者の方とか、いくつか参加できそうなコミュニティに出会うことができました。何度か通っていると、『こういう暮らしができるかな』『だったらこういう家がいいな』っていうイメージがより具体的になるんです。

先日は、地域の栗林で娘さんと栗拾いをさせてもらい、10キロ近い栗をもらったそう。それを加工する過程で出た灰汁で、草木染も楽しみました。また別の日にはイノシシの罠猟に同行して、解体までを手伝い、食卓にはしばらくイノシシの肉が並んだそうです。

どれも、能動的に動かなければ、なかなかできない経験。積極的に、その土地の暮らしを楽しもうとしている様子が伝わってきます。

栗を持つ子ども

祐介:先週は1週間、食卓にイノシシが並んだし、今日の朝も栗を食べて。すでに氷見に住むプチ体験をしている感じです。妻はどんどん地域の面白い部分を見つけて、僕に教えてくれますね。そのぶん『こんな家がいい』 という要望も多くて、応えるのが大変です(笑)。

理想の暮らしを自分たちの手で住まいに取り入れることができるのは、祐介さんが設計や建築の仕事をしているからこそ。今度の家も、学生を交えてリノベーションする予定なのだそう。

智恵:地域の人が日常的に出入りする家をつくりたいなと思っていて。みんなで干し柿つくったり、一緒に夕飯を食べたり、うちの本棚を開放したり。娘にも、両親以外のいろいろな人と関わって、多様な価値観に触れてほしいと思っています。

自然を感じる場所での子育て

地域の人との関わりだけでなく、自然との関わりという意味でも、氷見の家での暮らしは、娘さんにとって良い影響があるように感じます。

祐介:今住んでいるマンションは都市部なので、辺りもアスファルトが多くて。やっぱり土の上で子育てをしたいなと思いました。氷見の家は、目の前が田んぼで、家の周りすべて庭のように過ごせる場所です。

周辺の田んぼで遊ぶ子ども

智恵:氷見って第一次産業が盛んなまちなんです。林業もいずれ学んでみたいし、子どもにも知ってほしいと思っています。狩猟の手伝いにも連れていきたいし、あとは漁業も。海も近いので、定置網や市場にも見学に行ける環境です。

お店で魚の切り身が並んでいる姿を見るだけでなく、海から漁師さんが獲ってきて、朝早くに市場に着いて、そのあとお店に並ぶこと。その一連の流れを、身近に感じることができる、恵まれた場所だといいます。

智恵:わたしは神奈川育ちで、お店でなんでも手に入るのが当たり前でした。だから知らなかったことがたくさんあって、一つひとつが新鮮ですごく面白い。偶然縁のあった場所の良いところを見つけているわけですけど、結果的に今は、富山に来てよかったーって思っているんです。

富山の海で遊ぶ様子

地域を一緒につくりたい

今でこそ、前向きに暮らしを楽しむ智恵さんですが、最初は行ったこともない富山への移住に抵抗があったそう。
おじいちゃんおばあちゃんになかなか会わせられなかったり、娘さんが体調を崩したときの仕事の調整が大変だったり、実家が近ければいいのに、と思うことは今もあるといいます。

智恵:それでも、神奈川か氷見かと聞かれたら、これから始まる氷見での暮らしを選んでみたい。すでに完成している場所に住むより、できつつあるところに入っていくほうが好きなんだと思います。

祐介:僕らは、まちのなかで自分たちにも役割がほしいと思っています。ただ過ごすだけじゃなくて、住むなら何か地域の役に立ちたい、というのがあるのかもしれないですね。

智恵:もちろん都会の良さもあるので。たとえば実家には、娘が大きくなったときに長期休みで滞在させるとか。都会のおばあちゃんちに行くっていう経験もいいなって思いますね。何を選んでもメリットデメリットあるので、良いところを拾っていく感じです。

移住はもっとライトでいい?

富山の風景

茨城、北海道、富山と移り住んでいるお二人ですが、それぞれの場所で出会った人たちとの縁も続いているそう。特産物を送り合ったり、富山に住む知り合いを紹介してもらったり。ひとつの場所に住み続ける以外の選択肢も前向きに捉えているようです。

智恵:それぞれの地域を俯瞰的に見られるようになるし、多様な経験ができるので、ずっと住み続けるのとは違う立場で、地域のためにできることがあるはず。根付かないとできないこともあるけれど、そうじゃなくても、それぞれに良さがあるんだろうなと思います。

自分たちの経験を踏まえてお二人が感じるのは、「移住」を重く考えすぎず、少しずつ挑戦していけばいい、ということ。

祐介:移住するとき、まずは便利で手軽に住める場所に住んで、いろいろな土地を訪れながら定住したいまちを見つけるのは良い方法だと思います。僕らの氷見の例のように、何回か通うことで具体的な生活のイメージができるようになるのも、徐々に家を決めていく良さなんじゃないかな。しっくりこないと思ったら軌道修正できるように、実際に動きながら考えるのがいいと思います。

智恵:これから住む家は山の中なので、最初は素敵だけど暮らすのはむずかしそうって思ったんです。でも富山に住んで3年経って、やっていける自信もついてきたので。最初の印象で便利なところに決めなくてよかったと今は思います。今後空き家が増えていくなかで、安価に長期滞在できるサービスは増えていくはず。「移住」をしなくても、地方での暮らしや地域とのつながりはつくれる気もしますよ。

ヤギにエサをあげる様子/富山移住生活

偶然住むことになった富山の地。拠点を変えながら、少しずつ地域のことを知っていき、自分たちが生き生きと暮らせる場所を見つけました。最初は不安もあった智恵さんが、「富山に住んでよかった」と誇らしげに話してくれた姿が印象に残りました。
お二人の話は、あらためて自分の暮らしを考えるきっかけになるのではないでしょうか。どんな場所を選ぶにしても、自分たちが望む暮らしを実現したいと貪欲になることで、日常をもっと輝かせることができるのかもしれません。

(2020/12/19取材)