ⓒ福田和貴
コロナ禍で、今までの生活を見直したり、考え直したりした方は、少なくないのではないでしょうか。
家族で暮らすには、自然いっぱいの場所のほうがいいかな。友人や知人が近くにいると心強い。それとも地元だと安心かな……などなど。
いろいろな選択肢がありますが、畠山千春さんと志田浩一さんは、2013年に福岡県糸島市に移住。必要なものを自分たちで作りながら、暮らしています。糸島での暮らしと、2019年に娘さんを出産したことは、自分にできることを見つめ直すきっかけも与えてくれたそう。お二人に、お話を伺いました。
移住のきっかけは東日本大震災
お二人は、東京で出会いました。
埼玉出身の千春さんは進学・就職と関東で過ごし、刺激的な毎日を送っていましたが、東日本大震災が、今までの暮らしを根底から見直すきっかけになったといいます。
千春:都市での暮らしは、いかにいろいろなものに依存していたか気付かされました。物流が止まれば、生活に必要なものも、食べものも、エネルギーも届かない。周りの環境で、自分の人生が左右されてしまいます。もし、また大きな災害が起きたとき、生き残れるか分からない。だから暮らしの基礎を、自分たちで作れるようになりたいと思ったんです。
2012年には、千春さんが勤めていた会社の本社が移転することに。その移転先が、福岡県福岡市でした。千春さんは、当時住んでいたいすみ市から福岡県へ移住すると決心します。
旦那さんの浩一さんは、東京生まれ。その後ご家族で移住し、山梨県の八ヶ岳で育ちました。幼い頃からご両親が暮らしを楽しむ様子を見ていたため、当時お付き合いしていた千春さんから福岡への移住を聞き、一緒に行くことを決意。福岡市内に住みながら、週末の時間を使って、二人で理想の地を探し始めます。こうして出会ったのが、糸島市でした。
浩一:海が近くて山もあり、星がすごく綺麗な糸島の環境に惚れ込みました。僕は料理人なので、糸島の食の豊かさも好きですね。酒蔵や、醤油蔵、若手の農家さんが作る柑橘類、新鮮な米や魚もすぐ手に入ります。
2013年には福岡市内から糸島市へ移住し、同年に「いとしまシェアハウス」をオープンします。築80年の2階建ての古民家を、DIYで改修しました。
震災をきっかけに、食べものやお金、電気など、暮らしに必要なものはできる限り手作りしたい、と考えていたお二人。思い描いた暮らしを実現するために、自分たちだけでなく、共感してくれる人と協力し、分かち合うため、シェアハウスを始めました。現在も、20代の若い人を中心に、全国から住人を集めて一緒に暮らしています。
千春さんと浩一さんは2015年に結婚。式は集落の方々も招き、シェアハウスで開催された
地域の人たちと関係を育むのは、自分たちのためでもあるんです
現在、千春さんと浩一さんが暮らしている地域に暮らしているのは、18世帯。4つしか名字がないほど、地縁の強い地域です。平均年齢も65歳くらいで「この集落だと、50代は若手です」と笑う千春さんと浩一さん。
2019年に娘さんを出産した時は、集落の方々は、まるで自分たちの孫が産まれたかのように喜んでくれました。
また、子どもが産まれたことで地域の方々が、お二人のことをいっそう信頼してくれたような印象がある、と浩一さん。さまざまなお祝い品も届いたといいます。
浩一:物を大事にする方が多いから、地域の方のお孫さんが使っていたものを譲ってくださるんです。ベビーカーなんて、3台ありますよ(笑)。布おむつもたくさんあるし、ベビーベットもいただきました。
千春:これ、近所のあの子が小さい頃に使っていたベッドなのか!って(笑)
浩一:僕らも使わなくなったら、次に生まれた子にゆずるつもりです。買わなくても、物が地域の中でどんどん回っていけばいいなと思いますね。
子どもをかわいがってもらえる環境は、親目線だと安心材料の一つ。いっぽう、地域の方々との関わり方や、交流の濃密さが気になるところ。どうやって集落の方々と繋がり、関係性を育んだのでしょうか?
千春:シェアハウスを始める前に、古民家の大家さんが集落の方々との飲み会をセッティングして、挨拶する機会を設けてくださったんです。
浩一:集落の方にとって、移住してきたばかりの僕らは何者か分からない。だから、地域の出ごとに参加したり、消防団に入ったり積極的に関わりにいきました。大変じゃないかって聞かれることもあるけど、出ごとも消防団の活動も、自分たちのためにやっているというか。例えば火事になったとき、消防の人は集落の地理を熟知しているわけではないので、集落の水がどこにあって、どこに逃げ道があるのか、地元の人が分かっている必要があると思います。
7、8人でシェアハウスに住んでいると、メンバーの誰かが地域への出ごとや仕事に参加できます。集落の方々には「若い人がいつも参加してくれてありがたい」と喜んでもらえるのだとか。
都会での子育ては、子どもが走り回ったり大声を出したりすると、肩身の狭い思いをすることも、少なくありません。ですが、糸島では子どもも大人も、のびのび過ごすことができます。それは自然豊かな環境はもちろん、見守ってくれる、親以外の大人たちがたくさんいるから。
地域の人々と繋がりを育むことは、単なる交流だけではなく、家族で地域で暮らしていくためのセーフティネットを築いていくことでもあるのかもしれません。
自然のサイクルを知り、身の丈を知る
糸島に移住してから、8年目のお二人。これまで、どんな心境の変化があったのでしょうか。
千春:糸島での暮らしを通して、自然と自分と暮らしの繋がりをより体感できるようになったなと感じます。たとえば、洗濯機から出た排水が、庭に流れて、庭にいる鶏がその水を飲む。そして鶏たちが産んだ卵を、私たちが食べる。これと同じ循環が、畑や田んぼでも起きているんですよね。だから、私たちは自分たちが食べられないものは自然に還さないようにしています。
自分たちで、食べものや道具を手作りするなかで、お二人が実感したのは「田舎暮らしは、全然スローライフじゃない!」ということ。
千春:人間は自然をコントロールできないじゃないですか。自分の力では、どうにもできないことがたくさんあるんです。でもだからこそ、自分の力でできるのはどれくらいなのか、知ることができるんですよ。
季節は、人間の都合なんておかまいなしに、くるくる変わっていきます。雑草もどんどん生えるし、雨が降ったら予定を変えなければいけないし、育てている野菜やお米も、タイミングを逃すと採れなくなってしまうことも。
浩一:都会の忙しさと田舎の忙しさでは、意味が違うかなって感じます。都会にいる方が、土日が休みって決まっているし、やることなくて暇だなって思うことがあるかもしれないけど、糸島にいると毎日やることがある。楽しいし、暇だと思ったことないです(笑)
自分の子どもがいろんな大人に愛される幸せ
自分にできることを見つめ直すきっかけになった出来事が、千春さんにはもう一つありました。出産です。
娘さんを妊娠してからも、シェアハウスでイベントを開催するなど精力的に活動していた千春さん。ですが、産後に体調を崩し、一年間、さまざまなことをおやすみしていました。
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千春:私、今まで根性とか精神力で乗り切ってきた部分があって、出産も『できる』って思っていました。でも、あんなに命懸けだったなんて……。今までのやり方では出産は乗り越えられなかったって感じました。仕事の仕方、暮らし方、生き方も、全部見直す一年でしたね。
仕事もできず、一日中寝たきりだったという千春さん。仕事がご自身のアイデンティティを支えていた部分もあり、何もできずに過ごす毎日のなかで、精神的にも追い込まれたといいます。
そんな千春さんを助けたのは、浩一さんはもちろん、シェアハウスのメンバー。食事の用意や部屋の掃除など、気づいた人が率先して手を動かしてくれるおかげで、ずいぶんと救われたそう。
また、一軒家という広々とした空間も、子どもと距離を置きたいときに部屋を移動できたり、近所が田んぼや自然に囲まれているため、気晴らしに散歩ができたりと、糸島の環境に見守られ、少しずつ回復していきました。
千春:ちょっとトイレ行きたいときなどにシェアハウスの誰かに『ごめん、5分見てて』と任せられるのが、すごく助かっています。今は、自分の子どもが、いろんな人に愛されてる姿を見られる幸せを、すごく感じていますね。
18世帯しかない集落とはいえ、2019年はたまたま近隣で数人の赤ちゃんが産まれました。また、糸島には自然保育に力を入れているフリースクールも何件かあり、複数の子育て世代が移住してきているといいます。結婚して子育てをしている、元シェアハウスメンバーも、近隣に住んでいます。
そのため、周囲に世代の近い夫婦や妊婦さんが暮らしており、交流もあるそう。子育てをする上で、同世代のお子さんを持つ家族が近くにいることは、子育て世代にとって心強いのではないでしょうか。
糸島に移住してから、理想の暮らしをカタチにしてきた、千春さんと浩一さん。娘さんも産まれた今、これから、どんなことにチャレンジしたいと考えているのでしょうか。
浩一:僕は子どもの家を、子どもと一緒に建てたいですね。
千春:それいいね! 私は家族で暮らせるくらいの、必要最低限の広さの小さな家を建てたいですね。古民家は改修も手入れも大変だけど、小さければゼロから自分たちで作れそう。
浩一:娘とは、親子というより、一人の人として接したいと思っていて。だから一緒にいろんなことをやってみたい。僕が両親の姿を見ていたように、一緒に暮らすなかでいろんなことを共有しながら、自分が住む場所は娘自身で決めて欲しいですね。
千春:あとは子どもが大きくなったら、一緒に田植えしたり、肉をさばいたり、保存食を作ったりしたいな。初めてのことも、やってみると、得意かどうか好きかどうかが分かるんです。得意なことは、誰かを助けてあげられます。逆に、苦手なことを理解しておけば、周りに助けを求めやすくなる。自分のことを知っていると、すごく生きやすいなと思います。
浩一:そうだね。ここにいると、できることも増える。やったことないことをやるのが好きだから、一生楽しめると思います。
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取材中、最初から最後まで、地に足のついた言葉やエピソードを、穏やかに聞かせてくださった千春さんと浩一さん。お二人の暮らしぶりに惹かれて、シェアハウスに参加していたメンバーは、現在住んでいる方々も含めて20人を超えます。
「今の暮らしを、見直したい」という方にとって、お二人のライフスタイルは、少しハードルが高いかもしれません。すぐにどこかへ移住するにも、縁やタイミングもありますから、一歩踏み出しづらいもの。
ですが、お二人のお話には、暮らしを変えるヒントがたくさん隠れているように思います。まずは家族との時間で何を大切にしたいのか、子どもや自分にとって幸せな環境って、どんなものなのか。足元にある日常から見つめ直してみると、それぞれの理想の暮らしが、浮かび上がってくるかもしれません。