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子どもに人気のお仕事に注目!|レゴ認定プロビルダー(三井淳平さん)<生い立ち編>

今井夕華のアイコン今井夕華

レゴ認定プロビルダー(三井淳平さん)

みなさんのお子さんは、どんな夢をもっていますか?
野球選手に宇宙飛行士、ケーキ屋さん、漫画家、今はYouTuberも人気ですよね。
このシリーズでは、子どもが憧れている職業、きっと興味がわくような注目の職業に就いた人にインタビュー。子どものときにどんなことが好きだったのか、どんな生活をしていたのかなどを伺いながら、今に至るまでのエピソードをたどります。気になるお仕事内容もたっぷり紹介!
第4弾は、日本で唯一レゴ社が認めた「プロビルダー」三井さんです。

目次(index)

レゴ認定プロビルダー(三井淳平さん)三井淳平
1987年生まれ。2005年、TV番組の「レゴブロック王選手権」準優勝で注目を浴びる。東京大学在学中、「東大レゴ部」を創部。2010年、レゴブロックを素材とした作品制作や課外活動における社会貢献が認められ、「東京大学総長賞」を個人受賞。2011年、レゴ認定プロビルダーに最年少で選出される。2015年、レゴ作品制作を事業とする三井ブリックスタジオを創業。

どんな仕事をしているの?

デンマークで生まれた大人気のおもちゃ、レゴ。みなさんも一度は遊んだことがあるのではないでしょうか?
三井さんは、そのレゴを仕事にしている日本人唯一の「レゴ認定プロビルダー」なんです!

企業から依頼を受けて制作された三井さんの作品は、どれも驚くものばかり。直線的なブロックでつくられたとは思えない、なめらかな曲線や、ダイナミックなスケール感が、幅広い世代から大人気です。

三井さんの大きな作品

大阪、阪急三番街では三井さんの大きな作品が常設されている。こちらの作品は、現在入れ替え済みで展示されていないが、熱帯魚やタコ、エビをはじめ、珊瑚礁など細かな部分までこだわった仕上がり。じっくり見るとさまざまな発見があって楽しい。

つくったものを人に見せるのが好きだった幼少期

そんなお仕事をしている三井さんはどのように育ったのでしょうか。

三井:小さい頃からレゴが大好きで、ずっと遊んでいました。兄もいたので、1歳くらいのときにはもう触っていたようです。あとはプラレールや積み木、外遊びもやっていました。

―― 小さい頃から好きだったことをお仕事にされたんですね。

幼少期の三井さん

―― 小学校の頃はどんな様子でしたか?

三井:ダンボールや新聞紙を使った工作が好きでした。新聞紙を固く丸めて棒にして、エッフェル塔をつくったんです。それが地元の新聞に取り上げられたことがあって。つくったものを、面白いと思ってくれて、取り上げてもらう、その一連の流れが成功体験になりましたね。

―― 誰かが面白がってくれると嬉しいですよね。

三井:その頃から、人に見せるためにやっていた感じで。今でも、見せたときの反応がモチベーションになっています。

子供のころの三井さん

自由にのびのび、という教育方針

―― 超名門校の灘中、灘高に進学された三井さん。ご両親の教育方針はどんな感じでしたか?

三井:自由な環境でのびのび、という雰囲気でした。母から「勉強しなさい」といわれたことは多分ないですね。エンジニアの父は、お菓子をつくるのが趣味で、よく一緒にやっていました。仕組みを説明してくれて、理科の実験みたいで楽しかったです。

―― なにかを強制されるのではなく、三井さん自身の興味を引き出すような育て方だったんですね。

三井:そうですね。好奇心が一番の原動力になると思うので、親自身が楽しそうにしている姿を見せてくれたのが良かったのかなあと思います。自分も親になってみて、なにが正解かは難しいですけど(笑)。

15歳のときに制作した大型作品、宇宙戦艦ヤマト

15歳のときに制作した大型作品、宇宙戦艦ヤマト。お年玉を貯め、安いパーツで工夫しながらつくった。ご両親も学校も、レゴに打ち込む三井さんに対して非常に温かい雰囲気だったそう。

東大レゴ部から、プロのレゴビルダーに

―― 中学高校では文化祭やホームページなどで作品を多数発表し、高校3年の秋には「TVチャンピオン」に出場されます。そこから東大に入学し「レゴ部」を立ち上げられましたね。

三井:初代レゴ部のメンバーとして、同じくレゴが大好きなメンバーと安田講堂をつくりました。実際の設計図や資料をもとに細かな部分まで再現しています。その後つくった赤門と一緒に、今でも構内に展示してくれているようです。

レゴで作った安田講堂

―― プロビルダーにはいつ認定されたのでしょうか?

三井:大学院に在籍していた2011年ですね。タイでレゴのイベントに出演した際、デンマークからレゴ本社の担当の方が来ていて声をかけてもらいました。

―― その後、会社員になったときも制作活動は続けていたんですよね。

三井:会社にはレゴの活動を話した上で採用してもらっていたのですが、仕事自体がかなり忙しかったので、制作の依頼を受けるときは、その都度人事に相談していて。23時くらいに帰ってきて、3時までつくったり、土日を利用して制作していました。

―― レゴビルダーとしても引く手あまたで、お仕事もお忙しいとなると、両立はなかなか大変そうです。

三井:やっていく中で、時間を目いっぱいレゴに使いたいと思ったんですよね。それで3年勤めてから、レゴビルダーとして自分の会社を立ち上げました。

レゴで作ったホワイトタイガー

2008年頃制作のホワイトタイガーは、三井さん自身はもちろん、レゴ社のオーナーもお気に入りの作品。 

ポジティブ思考の原体験は登山

―― 三井さんの人生について伺っていると、かなりのエリートに見えるのですが、今まで挫折のような経験はありましたか?

三井:細かい失敗はありますが、挫折として捉えていないのかもしれません。たとえば「TVチャンピオン」には3回出ていますが、優勝はしていないんです。負けたけれど、過程として捉えているというか。目標を設定して、それに向かって何をするか考える。その過程では何かあっても気にしない、という考え方なんですよね。

―― なるほど、すごくポジティブな考え方ですね。なにか原体験があったりするのでしょうか。

三井:うーん、今思えば登山ですかね?父と一緒に、毎年夏に行っていて。「山を登る」という目標に対して、まずはルートの計画を立てる。そこから体調や天気に応じて、過程は柔軟に変更する。そういう体験がベースになっているのかな。

子供のころの三井さん

―― レゴ制作にも通ずるところがありそうですね。

三井:レゴで作品をつくるときもそうなんですが、登ってしまった後より「もうちょっとで頂上だぞ!」っていう、ゴールが見えたときが一番楽しいんですよね。初めて気づいたけど、レゴと登山は繋がってましたね(笑)。

後半の「お仕事編」では、実際にどんなお仕事をしているのか詳しく伺っていきます!ぜひ合わせて読んでみてくださいね。
(2021年7月取材)

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